「優等生」は子供の自己犠牲の上に成り立っている

ビー玉

何でもそつなくこなす優等生や、親の期待に応えるいい子、周囲が憧がれるような順調で満ち足りた人生を歩んでいるように見える人ほど、実は誰にも言えない苦しみを感じていることがあります。

周りが期待する自分の姿と、本当の自分の姿にギャップがあるためです。

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親の欲求と価値観

私たちは幼い頃から周囲の大人による価値観の影響を受けています。

特に学校は通知表という評価があり、親は「良い評価」を得ることを望んでいます。

もちろんそれが悪いことだとは思いません。

評価があるからこそ、頑張りが認めてもらえた嬉しさや達成感があり、自分を客観的に見る力がついたり、これからの目標が見えてきたりもするはずです。

しかし、過剰なまでに子供に「良い評価」を求めることは、本来持っている子供の個性を無視することになりかねません。

本来の子供の個性を無視するのが毒親です。

子供の得意不得意、好き嫌いなどを一切無視して、ただ自分の理想像を重ねて、理想と同じ行動をとることしか許しません。

「理想の子供」と「本当の子供」に違いがあって当たり前なのにそれを認めず、親の理想と違う行動をすれば愛情が得られない子供は、親の言いなりになるだけで、自分で考えることをやめてしまいます。

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優等生は「都合のいい人」になる

優等生だった子供は、これまで親から「良い評価」を得ることを求められて成長したため、「人に良く評価されたい」という強い思いがあります。

そして、優等生であり続けるために見えないところで必死に努力していたはずです。

周囲の目を気にして、「いい子」でいるために少しくらい嫌なことがあっても我慢したり、困っている人がいれば助けたり、自分のことはそっちのけで他人を優先してしまいます。

そういう癖が子供時代についてしまうのです。

しかし真面目で努力家なことや、我慢強いこと、誰からも良く思われたい気持ちなどが全部裏目に出てしまうようになります。

社会に出てみると、優等生であればあるほど、何でもそつなくこなすほど、自己主張をせずに我慢するほど、周囲からは「都合のいい人」「言うことを聞く人」と捉えられてしまうのです。

弱みを見せられずひとりで問題を抱え込んだり、自分の負担が増えても困っている人がいたら代わりにやってあげたり、NOが言えなかったりして、結果的に自分を追い込んでしまいます。

さらには「この人は何を言っても大丈夫だ」と、いじめのターゲットになってしまうこともあります。

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優等生をやめる

自己犠牲をやめるためにするべきことは、優等生をやめることです。

まずは、優等生でない本当の自分を自分で認めることです。

本当は嫌いなこと、苦手なものを思い出す。

優等生であるために禁止していたこと(たとえば、困ったときに人に頼るなど)をしているところを想像してみたり、実際にやってみたりする。

誰からも好かれる必要はないし、いくら頑張ったって思い通りにならないこともある。

自分が優等生でなくなっても、実はあまり困らずに生きていくことができますよ。

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