アダルトチルドレンの出産と子育て

テディベア
私には子どもがいません。

昔は漠然と、いつかは結婚をして、子どもを産んで育てるのだろうと思っていましたが、今では子どもを産まないということも、人生の選択肢の一つだと考えています。

その理由や、もし自分が親になるとしたら忘れないようにしたいことなどをここに書き留めるにあたって、これは私が自身の人生について考えた、ごく個人的な意見だということを先にお断りしておこうと思います。

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出産とは親のエゴではないか?

昔はともかく現代において、妊娠や出産は誰か他人のためにするものではないはずで、大抵は両親、あるいは母親が望んだからでしょう。

両親がそう望んだので、私も生まれました。

それなのに、中学~高校時代は「養ってもらってる分際で感謝の気持ちとかないわけ?」「自分じゃ何も出来ないくせにデカい口ばっか」「図太いクソ女」「ほんと産まなきゃ良かった」と、母から言われ続けました。

言われるたび、「子どもは親を選んで生まれてくる」なんて、幸せな家庭で育った人の幻想だと思いました。

少なくとも私は生まれたくなんてなかった、とも。

私がもし親なら、母のように恩着せがましい言葉は絶対に言いたくない。

自分の子どもに「こんな家に生まれたくて生まれたんじゃない」なんて絶対に思わせたくない。

でも母と同じことをしてしまうのではないかと、どこかで恐れている自分もいるのです。

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毒親は連鎖する

私にとって「夫婦」というものの一番身近な例は、猛毒な自分の両親であり、「家庭」は、幸せという言葉とはあまりにかけ離れた、自分の育った家庭です。

だからこそ知らず知らずのうちに、私も両親と同じことを子どもにしてしまうのではないかと、ふとした瞬間怖くてたまらなくなります。

理由は他にもあります。

祖父母もまた毒親だった

父はよくお酒を飲んで暴れ、食器を割ったり母を殴ったりしたのですが、父の父親(私にとって父方の祖父)も、妻を殴る人だったこと。

母は早くに父親を亡くしており、その後母親(私にとって母方の祖母)は新しい男性と付き合い始めるのですが、当時を振り返り、母自身が「すごく嫌だった」とよく話していました。

それなのに父と離婚後、母も同じことをしたこと。

自分が過去に嫌な思いをした分、子どもには同じ思いをさせたくないと考えそうなものですが、母にとっては私の気持ちなどどうでも良かったようで、むしろ「私だって昔つらい思いをしたんだからアンタも我慢しなさい」と、自分勝手な論理を押し付けるのでした。

こんな親になりたくない。そして子どもにも、そうなってほしくない。

今はそう思っています。

でも子どもを産んだあとに、私にも流れている父や母の血が暴走しだしたら?

そう考えると怖くてたまらなくなるのです。

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子どもがリウマチを発症する可能性

30歳でリウマチを発症し、節々に痛みを感じるたび、自分の子どもにこんな思いをさせたくないという気持ちが強くなります。

子どもが将来100%リウマチを発症するわけではないとはいえ、そのリスクが上がると分かっている状態で出産するのは無責任なのではないか。

出産した方々をむやみに批判したいのではなく、自分の育った家庭環境や親子関係がつらいものだっただけに、考えてしまいます。

私たち夫婦に何ができる?

それでも親(自分)の都合で産むと決めたのなら、相応の覚悟と、備えをするのが義務ではないかと思います。

私がリウマチになって、前からもっとしておけば良かったと痛感したのは、貯金です。

治療方法にもよりますが、医療費がかなり高額になる場合もあります。

高額医療費制度を使っても、費用がゼロになるわけではありません。

進行が早ければ仕事を辞めなくてはいけないかもしれないし、助けたくても、親がいつまでも元気でいられるとは限りません。

だったら、いつリウマチになっても、万が一働けなくなっても、十分治療ができるだけのお金を残すくらいできなければ、子どもに申し訳が立たないように思うのです。

子どもを信じ、導く存在

もし子どもを望むなら、忘れないようにしたいことがあります。

産むと決めたのは自分だということ。

自分が望んで持った子どもを、自分の責任で育てるのが親の義務だということ。

真っ当に育ってほしいから口うるさくなることはあるかもしれない。

でもそれを理由に、過度に干渉したり、支配して良いわけでは決してないということ。

そして、子育てでどれだけ苦労しても、子どもに見返りを求めてはいけない。

子育ての過程で、可愛い、愛おしいと親に感じさせた時点で、既に子どもは恩返しをしているということ。

母はおそらく、子どもを信じるということが出来なかったのだと思います。

子どもへの行き過ぎた心配が、支配に繋がってしまった。

だから私は子どもを信じられる親になりたい。

思い出をふりかえったときに幸せだったと感じてもらえるように、そして、幸せな人生を歩んでくれるように、導くことができる存在になれたらと思っています。

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