過去の記憶一覧

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インナーマザーによる強迫観念

大人になってからも子供の心を支配し、監視する母親像を「インナーマザー」と呼びます。インナーマザーに支配された子供は、自分の気持ちよりも(心の中の)母親の評価を優先したり、幼少期に植えつけられた固定観念によって、考え方を制限されてしまうことも少なくありません。

携帯を勝手に見る母親の姿が表しているもの

母の行動で分かることは、子供が反発する原因が自分にある可能性を全く考えないということだけでなく、子供を支配しようとするだけで、信じて見守るということが一切できないということです。その考え方が「子供の携帯を勝手に見る」という行為に集約されているように感じます。

両親が離婚するきっかけになった夜と罪悪感

当時私は中学2年生で、弟は幼稚園の年長でした。父が暴れた夜、私が警察に通報したことが両親の離婚のきっかけです。だから自分が家庭を壊したように感じて、ずっと罪悪感を抱いていました。今思えば、私が生まれたときには既に家庭は機能不全状態だったわけですが。

機嫌が悪くなると寝込む自己中心的な母親

幼少期から、母は機嫌を損ねると「アンタなんか知らない」「勝手にすれば」と言ってふて寝しました。精神的に幼い人だったのだろうと思います。部屋に取り残された私は不安と寂しさを感じ、「なんてことをしてしまったんだろう」と焦りはじめ、母に謝りに行くのが常でした。

母親から「クソ女」と呼ばれ、誰かに自分を認めてほしかった高校時代

高校3年間は地獄でした。母は「母親」であることより「女」であること、自分の娘よりも男を選びました。その頃から私は、便宜上「母」と呼ぶことはあっても、あの人を心の底から母親だと思ったことはありません。母はすぐに男性に依存したり、媚びを売ったりする人でした。

夫と娘の居場所を奪った母親が老後の不安を理由にすり寄ってくる

幼少期から私や弟は、毎日のように母の愚痴や不満を聞かされて育ちました。しょっちゅう言っていたのは「あの人は酒乱で異常」「宗教とか頭がおかしい」「カッとなると何をするか分からない」というような、父についてのこと。それから、いかに義両親から嫌がらせをされたか。

「借り」をつくるのが怖くて人に頼れない

「人に頼ることが出来ない」というのは、育ってきた環境によってそのような状態になっている場合が多いです。親に甘えることができず、どんなことでも自分でやらなくてはならない幼少期を過ごした子どもは、人に甘えたり、頼ったりすることが苦手な大人になってしまいます。

過食・拒食・過食嘔吐を繰り返していた頃

16歳から20代前半まで、摂食障害でした。食べることが嫌いで、誰かと一緒に食事をすることも苦痛でしかなかったのに、人に見えないところで尋常ではないほど食べ物を詰め込み、時には吐き、かと思えば何も口にしなくなり、精神的にもめちゃくちゃな生活を送っていました。

節目節目で人間関係をリセットしたくなる

中学を卒業してから、節目節目で人間関係をリセットするようになりました。今思うと、両親の離婚に伴い中学を転校したのがきっかけでした。両親が離婚することが決まったとき、嬉しい気持ちも確かにあったのですが、マイナスの感情の方が大きかったと思います。

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