機能不全家庭で育った子どもは親や結婚に失望している

風船
幼い頃から、「自分は絶対に結婚なんかしたくない」と思っていました。

その理由を改めて考えてみたいと思います。

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親や結婚に失望していた理由

両親のようになりたくない

「結婚なんかしたくない」と思っていたいちばんの原因はやはり、自分の両親にあると思います。

両親は毎晩のように口論を繰り返し、酒乱の父が暴れて食器を割って血みどろになったり、母は殴られたり発狂したりしました。

その度、私と弟は巻き込まれないように隠れて、息をひそめて過ごすしかありません。

そのような家庭しか知らなかったので、「結婚は人生の墓場」であり「家庭を持つことは地獄の始まり」、しかし「それが当たり前」とも感じていたように思います。

幸せな家庭で育った人には理解してもらえない

日本では特に、「親に感謝しなければならない」「親を悪く言ってはいけない」「親を愛せない人間が誰かを愛せるわけがない」という強い固定観念があります。

そのため、「親が嫌い」「親子の縁を切りたい」などと言えば、「恩知らず」と罵られたり、人格を否定されることすらあります。

また、「家庭」という閉鎖的な空間で起こる問題は、外にいる他人からは全体が見えづらいために、なかなか理解が得られないということも、問題をさらにややこしくしていると感じます。

「親には親の事情があるんだからさ」「いい歳して親の愚痴なんて言ってないで大人になりなよ」と見当違いの説教を始める人までいますが、はっきり言って迷惑でしかありません。

結果的に、意を決して誰かに相談しても自分が傷つくだけなので、毒親育ちはひとりで問題を抱え込むしかなくなるのです。

自分も毒親になってしまうのではという恐怖心

どれだけ「自分は親のようにならない」と強い気持ちを持っていても、ふとした瞬間に、自分の中に「親と似ている部分」を発見してしまうことがあります。

毒親に育てられた子どもには、もしかしたら結婚後あるいは出産後に、自分に流れる「毒親の血」が突然暴れだして毒親と化してしまうのではないかという恐怖心が常に付きまとっているのではないでしょうか。

そういうときの絶望感は、幸せな家庭で育った人には決して分からないものだと思います。

それでも「親になりたい」、やっぱり「子どもはいらない」と選択することは、どちらも立派な人生の選択であって、他人が簡単に口を挟んだり、否定して良いことではないと感じます。

毒親が配偶者や子どもに及ぼす影響が心配

毒親から離れ、自分の親の異常性を痛感している人ほど、自分の大切な人が毒親と親戚同士になってしまうことに抵抗や申し訳なさを感じるのではないでしょうか。

その人が毒親についての理解があればあるほど、その気持ちは大きくなるような気がします。

また、毒親によって「自分の幸せを妨害されないか」「配偶者が傷つけられないか」「子どもを攻撃したり悪影響を及ぼすのではないか」という不安もあると思います。

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毒親育ちが人生を諦める必要はない

成長するにつれて自分の育った家庭の異常性に気付き始めると、そんな両親のもとに生まれたやるせなさと、憎しみが芽生えてきました。

その感情が、自分が両親と同じ轍を踏まないよう意識し行動する原動力になりました。

両親を尊敬する気持ちは一切ありませんが、反面教師として「こうならないように」と示してくれたことに対しては感謝します。

当時抱いていた「親のようになりたくない」という気持ちは、親への憎しみと反抗心からくるものだったので、ただただ必至で、それが直接自分の幸せに繋がるかどうかもよく分かりませんでした。

わけの分からないままもがきながら、その後結婚もしましたが、少なくとも親によって支配され、従うしかなかった頃よりは、はるかに心穏やかな日々を過ごせていると思います。

毒親は、「幸せな家庭」を築くことに失敗しています。

しかし毒親育ちだからといって、毒親にとらわれ失望したまま、人生を諦めてしまう必要はないのではと思います。

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