母親から料理を習ったことがない

箸と茶碗
先日、「一度もアンタの料理食べたことないからさ、今度作ってね」という母の発言に耳を疑いました。

別々に暮らす毒母に、わざわざ料理を作る意味がまず分からず。

料理を教えてくれたことなんて一度もないのに、どういう気持ちで言ったのか分からず。

それは作りに来いということなのか?うちに乗り込んで来る気なのか?

考えれば考えるほど、なんだかやり場のない怒りが湧きあがり、かつての記憶がよみがえってきました。

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食事は苦痛の時間でしかなかった

物心ついた頃から、家で食べるごはんが嫌いでした。

母の作る料理が実際どんな味だったのか思い出せませんが、父がいつも「不味い」「下らないもの作りやがって」と怒鳴り食器をしょっちゅう割るので、その様子から、母の料理は不味いものなんだなと思っていました。

記憶を辿る限り、私はかなりの少食で、母の作った料理を「美味しい」と言ったことがありません。

一度、正月に遊びに来た親戚に母がお雑煮を出したことがあったのですが、その親戚が「美味しい」と言っただけでなく、あっという間に2杯目を食べ始め、とても衝撃を受けました。

母の料理が美味しいなんて、この人は味覚が変なんだろうか?それともお世辞だろうか?と真剣に考えながらその様子を見ていたのを今でも覚えています。

私にとって食事は苦痛の時間でしかなく、食卓は恐怖の象徴であり、いかに早くその場を離れるかで頭がいっぱいでした。
どうして毎日ごはんを食べなければならないのだろうと悲しくもありました。

そんな風に家での食事が嫌いだった私に料理を作ってみたいという発想が生まれるはずもなく、母は母で私にひたすら勉強することを求めたので、一緒に料理を作ったことがありません。
せいぜい幼少期に餃子の餡を包む手伝いをしたくらいです。

なので、よく聞く「母の味」とは無縁の人生でしたし、それが不幸だとも感じたことはありませんでした。

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料理の必要性を感じることが出来ない

大学生になり一人暮らしを始めてからも、料理とは無意味なものだと何となく思っていました。

大嫌いな両親の姿を思い出すからかもしれません。

母のように罵倒されるなんてまっぴらだったので、男性には料理を作りたくないとも考えていました。

いつだったか、気まぐれで何か作ろうかなと思い立ったときに困ったことがあります。

好きな食べ物がなく、今食べたい物も思い浮かばない。
ネットでレシピを調べてみても、用語が分からない。

いちょう切り、小口切り、面取り、落とし蓋、板ずり、油抜き…。

聞いたことはある気がするものも、具体的に何をするのかさっぱり分からない。
調味料も何を揃えたらいいのか、オリーブオイルやごま油すら、どんな味でいつ使うものなのか、見当もつきませんでした。

さらに、父はクックドゥなどの「お惣菜の素」を使うことを許さない人だったので、実家を出るまで一度も見たことがなく、その存在を初めて知ったのは20代半ばだったと思います。

もともと料理とは無意味なものだと思っていたので上達するはずもなく、今でも苦手意識は消えません。

全ての栄養素が入っていて、それさえあれば食事をしなくても問題なく生きていけるカプセルか何かがあればいいのにと、時々ぼんやり考えてしまいます。

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