夫と娘の居場所を奪った母親が老後の不安を理由にすり寄ってくる

食器
高校時代、家に居場所はありませんでした。

父親も同じような気持ちだったのではないかと今にして思います。

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人の悪口を言うことで味方を増やそうとする母

幼少期から私や弟は、毎日のように母の愚痴や不満を聞かされて育ちました。

しょっちゅう言っていたのは「あの人は酒乱で異常」「宗教とか頭がおかしい」「カッとなると何をするか分からない」というような、父についてのこと。

それから、いかに義両親から嫌がらせをされたか。

そして「○○くんのママ、本当は△歳なのに×歳って嘘ついてるんだよ!」「○○ちゃんのパパとママは一緒にお風呂に入るんだって!」「(母の友人)のこういうところが嫌い!」という、周りの人のこと。

子どもが聞かされたところで、どうすればいいのか分からないような、そんな話も聞かされてきました。

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家に父の居場所がなくなるまで

私も弟も、父のことが嫌いでした。

すぐに皿やコップを割るのが怖かったし、よく分からない説教を延々耐えなければならないのも嫌でした。

なので成長に伴いどんどん父を避けるようになり、いつも、父が帰ってくる前に部屋に引き上げ、寝たふりをするのが習慣でした。

もし電気の消し忘れなどがあると「さっきまで起きてたのがバレるでしょ!」と母にひどく怒られたりもしました。

父に同情する気はありませんが、居心地の悪い暮らしだったと思います。

説教も暴力も相変わらずでしたが、父は自室で過ごす時間が長くなっていきました。

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家に私の居場所がなくなるまで

両親が離婚して母と弟と3人で暮らすようになると、同じようなことが今度は私に起こりました。

母に反発してばかりいたので、これまで私に聞かせてきたように、私の悪口を弟に聞かせ始めます。

誰に対しても不満があり悪口を言わないと気が済まない人だったので、気づいていなかっただけで、もう随分前から私のいないときに言っていたのかもしれません。

私の前では弟の欠点を挙げていたように。

さらに、母は男と外泊するようになり、そこでも、反発ばかりしていた私の悪口を散々言っていたのだろうと思います。

そのうち弟も連れて休日は3人で家を空けるようになり、私はひとりで年を越したりもしました。

当時の私は家にいる時間を常にイライラした状態で過ごしていて、母や弟に怒りや不満をぶつけていました。

母や弟からは「図太いクソ女」と呼ばれていました。

家にいても居場所がないので自室にこもるようになり、ある時、そんな自分を「父と同じだ」と思いました。

反発をやめたらすり寄ってくるようになった母

大学生になって実家を離れると、解放感と母に対する諦めの気持ちが生まれました。

心に少し余裕ができたので、法事などで母と会って嫌なことがあっても、「年に1回くらいなら」と我慢するようになりました。

しかしそれは間違いでした。

我慢しても我慢しても、母の要求が終わることはなく、むしろ自分の老いを理由にすり寄ってくるようになったのです。

過去にあれだけ娘を罵倒し傷つけたにもかかわらず、そんなことはなかったかのように振る舞う母に対して、だんだんと気持ち悪い、おぞましいと思うようになっていきました。

そして、自分がいいように利用されていることに気づきました。

自分を守るためには「いい子」をやめなければならないと、ようやく感じたのです。

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