インナーマザーによる強迫観念

坂道
大人になってからも子供の心を支配し、監視する母親像を「インナーマザー」と呼びます。

インナーマザーに強く支配された状態の子供は、何か新しいことに取り組んだり挑戦したりするときに「お母さんは良く思わない」「怒られる」とブレーキをかけてしまったり、諦めてしまったりということがあります。

また、「~しなければならない」「~であるべき」といった幼少期に植えつけられた固定観念によって、考え方を制限されてしまうこともあります。

本当はやりたいことであっても、やりたくないことであっても、自分の気持ちよりも(心の中の)母親の評価を優先してしまうのです。

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病院帰りにいつも怒られていた記憶

私の場合は、特に病院へ行ったときにインナーマザーによる強迫観念に襲われます。

自分の意見を言ってはいけない家庭環境だったので、私は親の言う通りに行動するのが当たり前の、自分の意思がない子供でした。

もし「嫌だ」とか「やりたくない」などの感情があっても、自分でも気づかないうちに限界まで我慢し親の期待に応えようとする子供だったので、自分の感情や考えを相手に伝えることがとても苦手です。

そのため、幼い頃から熱を出して病院に連れて行かれても、医者に聞かれたことに対して「大丈夫です」「平気です」と答えてばかりいました。

何でも我慢することが当たり前だったので、本当に「大丈夫」で「平気」な気がしていたからです。

しかし私がそのように答えると、あとから母に物凄く怒られました。

きちんと病院で薬を出してもらっているのに、帰り道はいつも「わざわざ連れて行ってやってるのに」「もっとはっきり痛いと言え」と怒られてばかりいました。

風邪をひくと「薬が苦くて嫌だ」とか「注射されたらどうしよう」よりもまず、「ああ、また怒られる」と絶望的な気持ちになりました。

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矛盾した母の要求と混乱

家では自分の意見を主張してはいけないのに、たとえ自分では平気だと思っていても、病院では「痛い」「苦しい」と主張しなければならないということに幼稚園から小学生くらいまでひたすら混乱していました。

そして怒られないために、次第に「たとえ嘘でも母が望む受け答えをしなければ」「大げさに言わなければ」「もっと強調しなっければ」という強迫観念に襲われるようになります。

さらに、本当は自分でもそんなに大したことはないと思っていても、「痛い」「つらい」と言わなければ気持ちが落ち着かなくなってしまうようになりました。

成長しひとりで病院に行くようになってからも、インナーマザーが「もっとはっきり言え」「もっと強調しろ」と責め立てます。

当時ほどではありませんが、その記憶がよみがえってくるので今も病院は苦手です。

また、病院だけではなく、大学のゼミや就活、会社など、自分の意見を言わなければならない場面でも「もっとはっきり言え」「もっと強調しろ」という母の声に襲われます。

そしてその結果が自分で「あまりうまくいかなかった」と感じるものだった場合、母の声は「だからアンタはダメなんだ」「ひとりじゃ何もできないくせに」「図体ばっかのクソ女」に変わります。

高校3年間は地獄でした。母は「母親」であることより「女」であること、自分の娘よりも男を選びました。その頃から私は、便宜上「母」と呼ぶことはあっても、あの人を心の底から母親だと思ったことはありません。母はすぐに男性に依存したり、媚びを売ったりする人でした。
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自分の気持ちに鈍感な子供に

なぜ私が「大丈夫です」と言ってしまうのか、あるいは「痛い」とはっきり言えないのかを母が考えてくれるはずもなく、私はただひたすら母の期待に応え、望みを叶える存在として育ってきたことで、なんだか自分の気持ちに鈍感で無頓着な子供になりました。

学生時代はなんとかなっても、就活を始め、社会に出れば自分の意見を求められる機会はごまんとあり、そのたびによく考えてみるのですが、それが本当の自分の気持ちなのか結局分からないことが多々あります。

自分の気持ちや考えを主張せずに生きてきたので、自分の気持ちを自然と外に出す方法も、さらにそうしながら人と関係を築く方法も分からないままです。

子供時代からそういった経験を積むことができた人たちが、時々とても羨ましく感じます。

インナーマザーとは、大人になっても自分の心を支配する「母親像」のことです。何かを決断するときなどに「お母さんは何て言うだろう」「私をどう思うだろう」と想像することがあるのではないでしょうか。毒親育ちの子供の心は、常にインナーマザーの支配下で監視されています。
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