機嫌が悪くなると寝込む自己中心的な母親

独楽

幼少期から、母は機嫌を損ねると「アンタなんか知らない」「じゃあ勝手にすれば」と言ってふて寝しました。

精神的に幼い人だったのだろうと思います。

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母の顔色を窺い機嫌をとっていた日々

思い返してみると、母がふて寝するのはいつも父が不在の時間帯でした。

多分、父がいる前では母自身が殴られる可能性があったためできなかったのだと思います。

母がふて寝すると、部屋にひとり取り残された私は不安と寂しさを感じ、「なんてことをしてしまったんだろう」と焦りはじめ、母に謝りに行くのが常でした。

母に嫌われると思うと怖くて、早く機嫌を直さなければと思いました。

私たちは幼少期から、いろいろな体験によって「やってもいいこと」と「やってはいけないこと」を学び分別をつけていきますが、私の「やってはいけないこと」はすべて「母の機嫌が悪くなるからやってはいけないこと」でした。

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子供が服従しない苛立ち

成長とともに視野が広がると、母がふて寝しても気にしなくなっていきました。

当時は家の中が世界のすべてであり、親が絶対的な存在だったのに対して、家の他に学校という世界があり、外に出れば友達に会うこともできるようになったからです。

中学生、高校生になると、子供の話をろくに聞きもしないで、都合が悪くなると寝込む母が疎ましく感じるようになったため、寝込んでも無視するようになりました。

幼い頃は自分に服従していた子供が思い通りにならなくなった苛立ちから、中学の終わりくらいから母に目の敵にされるようになります。

反抗すれば「クソ女」「自分じゃ何もできないくせに」「出ていけ」などと罵られていたため、精神的に不安定になり、摂食障害にもなり、学校をサボることも多くなりました。

16歳から20代前半まで、摂食障害でした。食べることが嫌いで、誰かと一緒に食事をすることも苦痛でしかなかったのに、人に見えないところで尋常ではないほど食べ物を詰め込み、時には吐き、かと思えば何も口にしなくなり、精神的にもめちゃくちゃな生活を送っていました。

吐き気がして朝起きられないでいると「いい加減にしろ!」「どうせ仮病だろ!」と髪をつかまれて引きずられたりしました。

母の中で私は、学校をサボる→世間体が悪い→親の期待に応えられないクズになっていきました。

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親の気持ちを踏みにじるクズ

今でも母に会うと、エネルギーを吸い取られてどっと疲れます。

ほぼ治ったはずなのに、摂食障害も再発してしまいます。

リウマチを発症し投薬治療を開始した当初、私が自分では思うように身動きが取れなかったため、泊りがけで家事を手伝いに来たことがあります。

何度も断ったものの結局母に押し切られる形になってしまったのですが、あの時何としてでも断れば良かったと後悔しています。

3度目に来ると言われたとき、ようやくどうにか断ったのですが「心配してやってるのに」「せっかく行ってやったのに」と散々言われました。

そして断ったことで、母の中で私は「親の気持ちを踏みにじるクズ」になったようです。

今はたまにメールが来る程度ですが、億劫で返信しないでいると、キレて電話がかかってきたり、「連絡取ると何か都合悪いわけ?」とメールが来たりするので余計気持ちが滅入ります。

子供の体調を本当に心配しているなら「連絡ないけど具合良くないの?」と気に掛ける言葉があっても良いようなものですが、結局母がいちばん大切なのは自分自身なので、そういった言葉はありません。

自己中心的な考え方しかできず、子供の気持ちに寄り添うことができない精神的に幼い人です。

高校3年間は地獄でした。母は「母親」であることより「女」であること、自分の娘よりも男を選びました。その頃から私は、便宜上「母」と呼ぶことはあっても、あの人を心の底から母親だと思ったことはありません。母はすぐに男性に依存したり、媚びを売ったりする人でした。

痛快な渡辺えりさんのコラム

同じように、気に入らないことがあると寝込む母親について、渡辺えりさんの返答が痛快だと話題になったことがあります。

ぜひこちらもご覧になってみてください。

毎日新聞に掲載された、こちらの記事をご覧になったことがあるでしょうか。気に入らないことがあると寝込む母親について、渡辺えりさんの返答がネット上で話題になりました。毒親によって苦しめられているすべての人に読んでもらいたいコラムです。
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