中学を卒業してから、節目節目で人間関係をリセットする(リセットしたくなる)ようになりました。
今思うと、両親の離婚に伴い中学を転校したのがきっかけでした。
人との間に壁をつくる
私が人との間に壁を作るようになったのには、いくつか理由があります。
環境に対するマイナスの感情
両親が離婚することが決まったとき、当時の私は「ようやく父親から解放される」「これからは怖い思いをしなくてもいいんだ」と、嬉しい気持ちも確かにありました。
しかし、マイナスの感情の方が大きかったように思います。
- 転校したくない、寂しい
- どうしてこんな両親のもとに生まれてしまったのだろう
- 私がいなくなってもこれまで通り学校に通い、「普通」に暮らしている友達が羨ましい
時間が経つにつれ、前の学校の友達とは共通の話題が少なくなり、疎遠になっていく寂しさも加わり、仕方のないこととは分かっていながら、このような気持ちを誰にも言えないまま抱え込んでいました。
周囲からの期待
それまで私立の学校に通っていたことから、母や親戚に「公立は低レベルだから」と言い聞かされ、成績優秀であるよう期待されました。
前の学校で成績を褒められたことなんてないのに。
しかし、そう期待していたのは先生方も同じで、わざわざ転校前に、生徒たちに「すごく頭の良い子が来るから」と宣言するほどでした。
転校初日にその話を聞いた私は、軽くパニックだったと思います。
母だけでなく、周囲からがっかりされるのがとても怖かったのです。
それからの毎日は周囲の期待に応えるため、あるいは、期待を裏切っていじめられることを恐れて、本当に必死でした。
期待に応えるため勉強し、いじめられないよう気を遣い、誰にでも話しかけ、優秀で、完璧な生徒をひたすら演じ続けました。
本当の自分を抑え込む日々
母は転校後の私の姿を喜んでいました。
転校前と比べて、一生懸命勉強し、誰とでも仲が良く、部活やイベントにも積極的に参加し、休みになれば友達と遊びに出かける…。
新しい環境で、とても楽しい学校生活を送っているように見えたと思います。
毎日毎日、「絶対にボロを出してはいけない」という強迫観念でいっぱいでした。
「絶対にボロを出してはいけない」とは、つまり自分の素直な気持ちを外に出してはいけないということ。
それは、人と自分との間に壁をつくり、孤立するということでもありました。
「ここは私の居場所じゃない」
努力の甲斐あって、結果的に、完璧な生徒のまま中学を卒業することに成功するのですが、私の中にあったのは「ここは私の居場所じゃない」という気持ちです。
そう思っていなかったら、多分あんなに頑張れなかったとも思います。
転校に対する不本意な気持ちと、友達と別れる寂しさを紛らわせるため、いつしか「ここは私の居場所じゃない」「我慢して耐えれば、また皆のところに戻れる」と思い込むようになっていったのです。
そうすることでしか自分を保つことができず、プレッシャーに押しつぶされていたと思います。
もしかしたら、本当の自分を隠し、完璧な転校性を演じることで生まれた「どんなに仲良く見えても、私の本当の気持ちを知っている人はいない」という寂しさに気付いていないふりをしていたのかもしれません。
リセットのはじまり
卒業式を終えて家に帰る途中、「やっと終わった」と心からほっとしたのを覚えています。
それ以降、節目節目で人間関係をリセットするようになりました。
高校生の私、おしまい。かかわった人たち、ばいばい。大学生の私、おしまい…
私の場合、リセット癖の根底にあるのは「ここは私の居場所じゃない」という気持ちです。
「ここ」ではないどこかに逃げたって、もう「皆のところに戻れる」はずがないのは分かっているのに、ふとした瞬間、そう思いながら生活している自分に気付きます。
自分が今いる場所に、馴染むのが怖いのです。
数年経つと「そろそろ引っ越さなきゃ」と、知っている人が誰もいない土地に行きたくなります。