両親の言いなりになるしかない苦しみ

ブランコ
これまでずっと、両親によって息苦しさを感じていました。

息苦しさは自分の意思が芽生え始めるとともに、どんどん強くなっていきました。

しかし私には、自分の意見を主張するという思考すらほとんどなく、ただただ従順に両親の理想の「いい子」になるため生きてきました。

両親の考える「理想の自分」と、両親には決して見せない「本当の自分」の狭間で、期待に応えなければならないプレッシャーに押し潰されそうになることもしばしば。

つらい、苦しい、いっそ消えてなくなってしまいたいと感じていました。
と同時に、それはどこの家庭の子どもでも感じる「普通」のことだと思っていました。

そのように生まれた時から両親に教育されていたからです。

それが「普通」ではないということ、私がされていたのは教育ではなくただの洗脳だったのではないかと気付いたのは、つい最近の話です。

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毒親は子どもの話を聞かない

私の経験上、毒親は子どもの話(意見)を聞きません。

幼稚園に入った頃から既に自分の意見を主張できない子どもでしたが、たまに希望を言うことはありました。

母から嫌いな服を着させられそうになった時などに、違う服を指して「こっちがいい」とか、些細なことです。

すると母は「いいから!」と怒鳴り無理矢理嫌いな服を着せるのですが、この「いいから!」は私の言葉を遮り、威圧し、母の思い通りに行動させる手段として現在も度々使われます。

ごく稀に、「こっちがいい」と言った方の服を着せてくれることがありました(そういう時、母は機嫌を悪くしたのを見せつけるように、服を乱暴に扱うので恐かった記憶があります)。

それは大抵、その服では暑すぎたり寒すぎたり、動きづらくて苦労するような日で、私の様子を見た母は決まって「だから言ったでしょ」「碌なことをしない」「アンタは一人じゃ何もできないんだから」となじりました。

私はそのたび暗い気持ちで、母の言う通りにしなかったことを後悔し、碌なことをしない自分にがっかりするのでした。

「自分の考えで行動すると碌なことにならない」「親の言うことに従えば失敗しない」という考えを幼稚園児に刷り込むには、充分すぎるほど効果があったと思います。

その後も「だから言ったでしょ」という言葉によって出来の悪さを自覚させられるのが恐怖で、親の言うことをよく聞き、大人しくて手が掛からず、扱いやすい子どもとして成長していきました。

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自分で考え行動できない子ども

結果的に私がどうなったかといえば、自分で考え行動する力、自分の考えを人に伝える力、自分で決断する力を養う機会がどんどん奪われ、苦手になっていきました。

私だけでなく、毒親に育てられた子どもは、特徴としてこういった力が欠けている場合が多いと思います。

無理のないことです。

まだ何をするにも親の助けがな必要な幼少期から、思考すらも親に制限され、言いなりになるしか手段がないのだから。

母のようにヒステリックになることはなかったものの、父も同じように「いいから」「言う通りにしなさい」と話を聞いてくれない人でした。

私に対して言葉を荒げない代わりに、酒を飲み、暴れ、母を殴り、宗教にのめり込んでいました。
母よりも遥かに恐ろしく、絶対に逆らってはいけない存在でした。

たとえ自分に向けられたものでなくても、今もなお、男性の怒鳴り声を聞くと呼吸が苦しくなり、声が出せず、震えが止まらなくなります。

両親によって抑え込まれた私は、ひたすら従うしかありませんでした。

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