毒親というのは、子供が自分を超えることを極端に嫌い、恐れています。
なぜなら、何でも馬鹿にし、存在を見下し、自分のストレスを発散できる相手がいなくなってしまうからです。
毒親は子供を支配して自分が上に立つことでしか、自分の存在意義を感じることができない哀しい存在だともいえます。
子供が自分より幸せになることが許せない
私の母は、表向きは「私に幸せになってもらいたい」というようなことを言いながら、私が結婚生活における不満などを漏らすと、水を得た魚のように生き生きと、嬉しそうな顔をすることがあります。
子供の不満や愚痴が大好物で、かといって何かためになるアドバイスをしてくれるわけではなく、むしろ義両親や夫への悪口を言い始め、「でもアンタが選んだ人なんだからしょうがないでしょ」と満足そうに締めくくるのです。
あの表情を思い出すだけで胃がムカムカしてくるような気がするのですが、ひとつ言えるのは、母は私の幸せなど望んでいないということです。
見下し、支配し、「やっぱり自分は正しい」と感じさせる存在がほしいため、むしろ自分のように結婚に失敗して、自分を頼って戻ってくればいいとさえ思っているはずです。
以前書いたことがありますが、特に母と娘の関係において、母親は娘を同じ「女性」として敵視したり嫉妬したりする傾向があります。
これもやはり、娘が女性になることや自分が超えられることが許せないという感情からくる妨害行為です。
子供の不幸を願う心理も構造は同じで、子供が自分より幸せな生活を送ることが許せません。
そのため、子供の周りの人を悪く言うことで、いかに子供が不幸な環境にいるかを言い聞かせ、思い込ませようとします。
子供に自分は不幸だと思い込ませたい
母の場合、夫や義両親の悪口はもちろん、ほとんど会ったことのない夫の兄弟やその子供のことも悪く言います。
それだけでなく、私の会社や上司のことも散々な言いようです。
しかしやはり、子供の不幸な状況を好転させたくないのでアドバイスはせず、「アンタが選んだことでしょ」と突き放します。
こうすることで、子供は自分を責めるようになり、自信も失われていきます。
自分の選択に自信がないので、何か決めなくてはならなくなるたびに親の顔がちらつくようになり、自分が本当はどうしたいのかも分からなくなってしまうのです。
そうして自信を失い、何事も自分で判断できなくなった子供が「自分は不幸だ」と思い込み、周りに対する不平不満を言い始めたら思惑通り。
毒親の願いは見事成就したといえるでしょう。
子供が不幸だと感じ、自分を頼ってくるようになればなるほど、毒親は安心感を得ることができるのです。
不幸な親に付き合う必要はない
親が不幸を望んでいるからといって、子供がそれに付き合う必要はまったくありません。
毒親に育てられた子供は、そうでない親に育てられた子供よりも「親を喜ばせたい」「親を悲しませたくない」「親の期待に応えたい」という気持ちが強いと思います。
それは無論、毒親にそうなるようコントロールされながら成長したからです。
親が不幸なのであれば、その責任は親自身にあるのであって、子供のせいではありません。
もし親が「子供のせい」だと考えるなら、それは親にとって生き甲斐が子育てしかないために子離れできておらず、子供に依存していているからだといえます。
子供が親の不幸に付き合う義務もなければ、子供が親を幸福にする義務もないのです。