「育ててやった」「大変だった」と、自分だけが特別大変だったように振る舞う親は、毒親だと思います。
大変大変と騒ぐくせに、そういう親は、こちらが断ると高確率でキレます。
感謝は強要されてするものではない
母は、子どもの成功は自分のおかげ、失敗は子どものせいと考えていました。
また、「養ってもらってるくせに感謝とかないわけ?」「◯◯してやったのに」と、何かにつけて感謝を要求しました。
言われれば言われるだけ、「この家に生まれたくて生まれたんじゃない」と、感謝よりも反抗心が大きくなるばかりでしたが。
子どもが親に対して感謝の気持ちを感じるなら、それは強要されて感じるものではなく、自然と生まれるものではないでしょうか。
子どもが「感謝しなくちゃ」と努力するべきことでもないはずです。
恩着せがましい態度の裏には、常に子どもの上に立ち、支配したいという気持ちが隠れています。
子どもに恩を着せて優越感を感じていないと、自分の自尊心が保てないほどちっぽけな人間なのです。
内心では子どもの不幸を望んでいる
毒親は、子どもを精神的に支配しますが、その自覚が全くありません。
むしろ「自由にしてやった」「子どものためを思って育てた」と考えていて、表向きは「子どもに幸せになってほしい」と言うこともあるかもしれません。
しかし毒親は、心の奥底では、子どもが自分より幸せになることが許せません。
支配している子どもに自分が越えられてしまえば優越感を感じられなくなってしまうため、それを恐れているのです。
子どもに不幸なことがあると、その姿を見て「自分と同じだ」と安心する場合もあります。
また、子どもに対して「やっぱりね」「あなたにできるはずがない」「私の言った通り」などという言葉を浴びせることで、「子どもより上の立場である自分」を守ろうとします。
毒親による疲労感と憎しみ
リウマチになった当初、体中が痛んで動くことができず、一日のほとんどをベッドで過ごしていた時期があります。
断っても無理矢理押しかけてきた母からは、ここぞとばかりに散々恩を押し付けられました。
「夕飯作ってやるから」「昔こんなことをしてやった」「将来アンタに土地遺してやるから」…
正直「頼んでないから」という気持ちしかなく、感謝よりも疲労感でうんざりしてしまいました。
確かに今は、動けないときに家事をしてもらったことに対して「ありがたいな」という気持ちもありますが、「もう来ないでほしい」とだけ伝えて連絡を絶っています。
申し訳なさより憎しみの方が大きいです。
毒親への憎しみは消えるのか?
私の場合、ずっと母に感謝を強要されながら育ってきたため、人からの厚意を素直に受け取ることができません。
何かしてもらったときに、「何を見返りで求められるのだろう」「何か期待されても応えられないかもしれない」と、異常に怯えてしまうこともあります。
そして、自分の親だけでなく、親と同じ世代の人に対して、強い憎しみを感じてしまうようになりました。
もちろん母のような人ばかりではないということも頭では分かっているのですが、関わることがどうしても苦痛で仕方ありません。
もしかすると、親を憎む気持ちから、復讐したいと考える人もいるかもしれません。
私は、親に何か直接的な危害を加えることよりも、「毒親よりも幸せに生きること」がいちばんの復讐になるのではないかと考えています。
親が嫌い、恐れ、避けてきた「子どもの幸せ」が、親を最も苦しませると思うのです。
親が死んでも、これまでの憎しみは消えないかもしれません。
しかし、その憎しみに囚われて、親が死んでからもなお苦しみ、自分を腐らせていく必要もありません。
自分の幸せを得ることが、自分を守り、憎しみから逃れるいちばんの方法だと思います。